日別アーカイブ: 2015年8月6日

広島に祈りを捧げる日。

こんにちは。
堂薗です。

今日は広島に祈りを捧げる日。

テレビの特集やドラマなどを観ると
いつも「誰かが悪者」で「誰かは平和主義者」だったりして
わかりやすい対立構造で描かれることが多いですよね。

私は、もしその時代に生きていたら
「戦争なんて!」
と叫べていたかどうか自信がありません。
教育も世論も、身近な会話でさえ
ある思想にコントロールされていたら
「それが正解」
と思ってしまうだろうと思う。
どこかに動物として持っているはずの
「こんなのおかしい」という気持ちも
きっと隠れてしまうに違いないと思う。

だからこそ、今、
何かにコントロールされていないか
私自身が自覚的に動くべきなのでしょう。

どこかの国への嫌悪感も
政治や外交に対する不信感も
本当に自分の感受性が感じていることなのか
誰かにすりこまれたことではないのか
こういうテーマについて
自分の言動が理性的であるように
自覚的でありたいなと思います。

歳を重ねて
戦争を生きるこどもたちの映像を見ると
本当にいちいち泣けてきます。
自分のこどもだったらと思うと
お腹の底がむずむず気持ち悪くなり
見ていられなくなります。

広島、そして長崎。
「どうやって戦争を終わらせるか」
の議論や駆け引きを
偉い人たちがもぞもぞやっている間に
こんな悲劇が起きたことを
私たちは忘れてはなりませんね。

リーダーが不在の時代には
時代の空気がリーダーシップをとってしまう。
とても恐ろしいことだと感じます。

広島のテレビ局にお勤めの女性から
メールをいただいて
色々な思いを読ませていただき
より一層、厳かな気持ちになりました。
ありがとうございます。

月並みすぎるくらい月並みだけど…
言葉が見つかりません。
あんな悲劇が二度と起こりませんように。
こどもたちが巻き込まれることがありませんように。

オトナの責任を痛感させられた一日です。