恩師の訃報

こんにちは。堂薗です。

50年の人生の節目で、いつでも誰かの言葉が私の背中を押してくれたと思います。そうやって、人の言葉で何かを乗り越えてきて、痛烈にそのシーンを覚えている。私の学習は、常に体感によって行われてきたのだなと思っています。

大学時代の恩師が昨年末に亡くなっていたことをネットで知りました。お元気のうちにお目にかかりたかった。先生はもう覚えていらっしゃらないかもしれないけれど、私の中では、最も影響を受けた方のひとりです。

京都大学の名誉教授でもいらっしゃった、国語学の渡辺実先生です。

授業はとっても面白かった!すぐになついて、先生のお部屋によく押し掛けたものでした。学校そばの居酒屋でみんなで飲んだりしました。フランス語のJe t’aimeを情熱的に発音する方法をみんなに練習させてみたり、いつも楽しく議論されて、茶目っ気たっぷりでハンサム&ダンダィーで、本当に素敵な先生でした。

卒論を書くときには、「参考文献を読んではいけない」「手書きでなければならない」というルールがありました。「自分の言語感覚を信頼しなさい」「自分で考え抜いて、自分の言葉で書きなさい」とよくおっしゃっていました。「学問とは、そこから始まる」と。課題レポートでも、誰かの論をまとめなおしたようなもの、自分なりに考えた痕跡のないものは、拙いものよりずっと評価が低くて、学生はざわついたものでした。

先生に、「君の言葉の感覚は優れている」とほめられた時、天にも昇るくらい嬉しくて、勢いに任せて「大学院に進学したい」と言ってみたら、さらっと反対されました。「本当の学問は、自己満足だ。君は気が散りすぎるし、自己満足できるほど自分が強くない」といった趣旨のことを解説されたのですが、天から地にたたきつけられたようにショックだったのを覚えています。同級生で進学予定の子を思い浮かべて、「私の方が…」とか思ってみたりして…。そう思うこと自体が学問に向かないのですよね。まぁそもそも、頭もよくないし、感情的すぎるし、少し褒められただけで進学したいだなんて衝動的すぎますし、呆れられたのかもしれません。

卒業の少し前だったか、先生が私をハグして、「ボクは君がとても心配だ」とつぶやかれことがありました。何が心配か、ちっともわからなかったけれど、今の私があの頃の自分を眺めたら、きっと先生と同じ気持ちになることでしょう。ふわふわしたことばかりいって、勝負もせず、自分の芯も弱く他者ばかり気にして、「ほーらね」とみんなが言うくらい必ず普遍的な壁にぶつかってしまう私ですから。今でもあまり変わっていないのだけど…。

ただ、先生にお会いして、立派なおばちゃんになったこと、ちゃんと社会にいることを知っていただいて、ちょっと泣いたりしてみたかったです。

卒業してから30年近くやり取りのなかった私のことなど、先生の記憶にはないと思うのに…。そして、ご高齢だということも十分知っていたのに…。ずっと心が重くて悲しいのです。

先生。本当に残念です。もう、お目にかかれないなんて。